石垣島のおじさんたち(「島のおじさん」)と再会した昨年の旅行。
妹も私も、おじさんたちと会うこと以外は、何も決めていなかった。
明日どこへ行く?
明日はどこに泊まる?
泊まる宿すら決まっていなかった。
おじさんたちと“小パーティー”をしたときに、
「明日は西表でシチがあるよ」と教えてもらい、びっくり。
前から気になっていた祭だが、タイミングが合わず、一度も見たことがない。
「節祭」は約500年前から始まったとされ、国の重要無形文化財に指定された祭でもある。
インドには呼ばれる人と、呼ばれない人がいると聞く。
私たちはようやく、西表に呼んでもらえたのかもしれない。
やっと「オホホ」に会えるんだ!なんて姉妹で喜び合った。
「昼くらいに祖納でアンギャーを見て、その後干立へ行けばオホホが見れるさ」
という、おじさんの曖昧な情報だけを頼りに、西表島へ行ってきた。
もっと調べて行けば良かった、と西表島の上原港に着いてすぐに後悔。
大きな祭をイメージしていたので、港に着けば、何か案内が出ていると思っていた。
何もなかった。
私たちは八重山観光フェリーの往復チケットを購入したのだが、
港からの無料送迎バスは、安栄観光のチケットが乗車券代わりになっていた。
同じ金額を払ってフェリーに乗っているのだし、フェリー会社共同運行にすればいいのに〜。
路線バスも走っているのだけど、フェリーが到着する前に出発しちゃっている。
定刻で着いたのに?うそでしょ〜?
…と、ぶつくさ言っている場合ではなかった。
タクシーも、レンタカーもレンタサイクルも、何もない。歩ける距離でないことはわかる。
この無料送迎バスに乗れないと、祖納のアンギャー行列が見れない!
バスの運転手さんに懇願して、無理やり乗せてもらった。
島人にしては珍しいくらい、猛スピードを出して走る運転手さんだった。
こんなスピード出したらイリオモテヤマネコが轢かれちゃうよ、、、。
バスに乗せてくれたけど、「帰りは乗せないからね」と釘を刺される始末。
なんだかおっかない人だった。
明らかにテンションが下がった顔をした妹と、祖納のバス停から海岸へ歩いて行った。
集落を歩き出しても、祭の雰囲気が伝わってこない。
海岸が近づいて、賑やかな声が聞こえてきたとき、どれだけ安堵したことか!
実は石垣島のおじさんの勘違いで、見たかったアンギャー行列はすでに終わっていたが、
メインの船漕ぎレースが始まったばかりだった。
浜辺と、向いにある“まるま盆山”(と呼ばれる小さな島)を三往復もする。
「海の彼方から五穀豊穣を運んでくる」二艘の船に向けて、
女性たちが手招き踊りをして声援を送り、“ミルク神”が漕ぎ手を見守っている。
三往復して、先に浜辺へ戻ってきた漕ぎ手が、ミルク神の前まで走ってきて、
肩で呼吸をするかのように息を切らしながら、五穀豊穣が約束されたことを宣言する。
ここまで見届けてから、こんどは干立集落へと移動して、オホホに会いに行く。
祖納バス停前の売店で、お弁当と飲み物を買い、妹はその場で1本燃料補給をして、
祖納から干立へ、じりじりとした真昼の太陽を浴びながら、のろのろと歩いて行った。
オホホが登場する干立の御嶽に着くと、島人も観光客も皆お弁当を食べて寛いでいた。
カメラを下げた女の子が「これから始まりますよ」と教えてくれ、
まさか終わったんじゃ…という不安は解消。ちょっとお尻が痛い石垣の上に座り、
大きな木に寄りかかって、お弁当のおにぎり、ウインナー、唐揚げを食べた。
「痛ッ!」
えっどうした?妹は私に腕を見せて、
「この木に噛まれた……」と言った。ちょっと血が出ている。
ギザギザとした幹に腕が当たったらしいのだが、
“ハ”の形をした傷口は、確かに“歯型”にも見えた。
しきりに「噛まれた」と言って、嬉しそうな顔をする妹だった。
御嶽の前庭で、祭は始まった。
至近距離で見る女性たちの踊りや、男性たちの棒術の演技は、迫力があった。
さぁ、いよいよ神様たちの登場だ。
御嶽の建物の木戸が開き、ミルク神が姿を見せた。
お付きのこどもたちに支えられ、ゆっくりと静かな足取りで進むミルク神。
御嶽の木々から光が差し込み、神々しい姿だった。
…神様だからあたり前なんだけど、ここ干立のミルク神は、とくに神様らしいと感じた。
建物から出てきて、前庭を1周だけして、再び建物に入ってしまう。
この短い時間しか、姿を現さない。祖納のミルク神は、1日中人々を見守っているという。
波照間島のミルク神は、公民館の前で仮面を外し、人間の姿でビールを飲んでいた…。
ミルク(弥勒)神もいろいろ、なんである。
神々しさを放つミルク神の後ろから、「オホホーオホホー」という高い声が聞こえてきた。
オホホの登場だ!
富の象徴とも言われるオホホ神は、なぜかブーツを履いている。
たくさんお金を持っていて、「ほれほれ、こんなに持ってるどー」という仕草で、
お札の束をバタバタして見せる。
オホホホホーオホホホホーと言いながら、お尻をプリプリ振ったり、手招きしたり、
とにかく奇妙で滑稽な神様だ。
オホホは終盤で、札束をバァーッと豪快にバラまく。
島のこどもたちが、そのお金(ニセモノだよ)を拾い、一目散に走って逃げる。
オホホに追いかけられ、必死に逃げるこどもの姿がおかしい。
とうとう神女が、まだ名残惜しそうなオホホを連行。
爆笑の渦の中、ふりかえり、ふりかえりしながら、オホホは御嶽の建物の中へ消えて行った。
祭のラストは、獅子舞。獅子に頭を噛まれたいこどもたちが、前庭の中で待っている。
ところが、獅子の様子がおかしい。酒を飲み過ぎて、まともに舞えなくなっていた。
司会の男性が「今年はこれで終了です!」と、噛まれないまま閉幕。
500年もの伝統ある節祭、神様たちも大らかで、自由だった。
港までの帰りの路線バスが、まさか2時間も後になるとは思っていなかったけど、
オホホと、“アンガマ”の余韻で、待ち時間は苦にならなかった。
祭の会場を出てから、時間つぶしでウロウロ歩き回っていた。
干立と祖納の間くらいにある橋の上で、ゆっくりと歩いて来るおじいさんに、
「オホホは見られたの?」と声をかけられ、いま見てきた帰りですと答えると、
「うんうん、それはよかった、オホ」と、おじいさん。
笑った目は細く流れるように下がり、前歯が2、3本しか見えなかった。
しわくちゃの笑顔は、私たちを幸せな気持ちにさせてくれた。
とってもやさしいおじいさんだとわかる。
「ねぇ、いまのおじいさん、オホって言ったよね?!」
妹は興奮気味に言った。
「志乃は、あのおじいさん神様だと思った!」
そういえば、あの笑顔は見覚えがある。
石垣島の来訪神、アンガマの顔にそっくりだった。